興味深々!ヨーロッパ史「アテネ」その2
前480年にペルシア軍の侵攻を受け完成を待たずして破壊を被るが、前447年からその跡地で工事が再開され、前438年に落成しました。
工事の総監督を務めたフェイディアスはオリュンピア・ゼウス神殿のゼウス像を手がけたことで名声を博していた彫刻家。
このたびも戦士姿のすばらしいアテナ像をつくりあげたらしいが、残念ながらこれは現存していない。なおパルテノンとは「乙女の部屋」という意味で、元来は神殿の主室である西の部屋のみをさす名称だったといいます。
パルテノン神殿が落成した頃はちょうどアテネの全盛期にあたる。民主派の旗頭ペリクレス(前490頃~前429年)の指導のもと、アテネは政治・経済・文化のあらゆる面で繁栄を謳歌していました。